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神奈川県知事・厚木市長らと共演!?

先日、映画の撮影に行ってきた
僕は文明開化の頃の生糸商人の役で、同業者の生糸商人達と話し合っているシーンで
大和田伸也さんとの共演だったのだけど
面白い事に、大和田さんの他に共演者、商人仲間として
神奈川県知事の松沢成文さん、厚木市長の小林常良さんらがいらっしゃった
「私は全くの素人だから」
と言いながらも、いい芝居がしたいと拘る姿はとても面白かった
やっぱ芝居は人を魅了する、役者となんとかは3日やったら止められないというが
とても楽しそうだった神奈川あ県知事・厚木市長と081130_170010
中央が僕、僕の右隣が知事の松沢さん。左隣が市長の小林さん
大和田伸也さんと
大和田さん、超良い人だった。子供の頃に水戸黄門で見ていた角さんよりはだいぶ歳を取ってらっしゃった。そりゃそうだ。当時10歳とかだった僕が今や37歳だもん。

大和田さん、松沢知事、小林市長、楽しかったです。有難うございました。


崖の上のポニョ

久しぶりの更新です
今日、予てからの約束で同居人と一緒に噂のアニメ
「崖の上のポニョ」を観て来た
映画が終わった瞬間、二人で顔あわせて

「・・・????」

僕はかなりガッカリだった
何て言ったら良いんだろうか
話が投げっぱなしで全く完結していないという印象
2時間弱の全編の中にちりばめられている幾つものエピソードの全てが投げっぱなしの尻切れトンボ
僕の口をついて自然に

「何を言いたい映画だったんだ?」 という言葉出ていた

僕は普段映画を観る時もテレビドラマや芝居を観る時も、基本的に
「何を言いたい作品なんだ?」
とか考えない

映画の中なり舞台の上なりで起きる出来事に関わって生まれる「感情」を観る、或いは感じる
という鑑賞のしかたをする
何も自分で意識して、選び取ってそういうことをしているのではなく、気がついてみれば子供の頃からそういう観かたをしていたという、僕の癖なのだけど
だから「この作品は何を言いたかったのか?」なんて議論に出くわすと
「そんなこと言葉で言い表せるものか、くだらない」と思っていた

そういう僕が、「この映画は何を言いたかったんだ?」と口にして
自分でも「俺が素直にそんなこと言うなんて珍しいな」と感じていたんだが
まあ、考えるにそれはこういう訳だ

まず、映画が始まってから終わりの5分前くらいまで、僕はこのストーリーに見事に惹きつけられて見ていた
そしてまさにいつもの僕がするように、登場人物と出来事の間から放たれている何かに強く感情を動かされていた、何度も涙が出そうになったりしたって事ですが
で、幾つも幾つも、先の展開を期待させるような、伏線を感じさせるエピソードに、ワクワクもした
なのに、それまでの「伏線と勝手に感じた沢山のエピソード」を全く拾うことなくやってきた、余りにも急で説明不足な結末(というか、「結末」になってない結末)で、終幕となって
ポカーン・・・・・イライライライラ・・・・ざけんな
となった訳です

が、だ、今晩同居人と二人して
「本当につまんなかったな~あれは一体なんだったんだ?宮崎駿、書いてて収拾付かなくなったのかな?」
なんてことを話していて
お互いにあれが気に入らん、これが好かんと話しているうちに
少しづつ見解が変わってきた

いやいやいや、これだけのテーマを誰かに簡単に結論付けられて、押し付けられたりしたんじゃ、むしろ困っちゃう訳で、それよりも観客に考えさせる為にむしろ沢山の重要なテーマを盛り込んでそれを投げっぱなしにしてるんじゃないだろうか、それもかなり緻密に、計算しつくした形で

と、こうなった訳です

そういえば昔、もののけ姫観た時も親友と二人でこんな話をした覚えが
それも全く同じような手順で
つまり僕は観て、腹を立てて、その後あの映画のどこがくだらないかを論っているうちに、あれ??いやいやいや、答えを提示するより、もっと大きな答えを提示してるんじゃねえ? ってなったように思う

こうして「崖の上のポニョ」は僕の中のとっても良い映画
宮崎駿はやっぱ偉大な天才
という事になった

ああ、もうその先内容書こうと思ってたけどめんどくさい、いいや。

皆さん、是非「崖の上のポニョ」観て下さい
特にお子さんに見せてあげてください。

大人と違って、知性的な解釈なんかで惑わされないで、この映画の孕む膨大な情報量そのまま、子供の潜在意識に体験として残るだろうと思うから

未来を担う人々への素晴らしいメッセージとして、是非!!



刃の上を歩く

僕のPrayer's studio の目的は演技を真実以上の真理のレベルのものにすること
もちろんただのお芝居でしかないような嘘の演技なんてお呼びじゃない
で、その為に、まず台本を使わない基礎の訓練をするEdgeprojectという研究会を開いているのだけれど、ここでは
俳優として生きていこうとする個人が人生の中で習慣的に身につけた、感情表現の癖
例えば
怒りの感情が沸いたら、笑う。とか
悲しみの感情が沸いたら、怒る。とか
性的な感情は 絶対気づかれないように、無い事にする。つまり自分自身も、そういう感情を受け入れない。とか
そういう癖を、それぞれに見つけ、修正するという作業をする。
人間がこういう癖を身に付けてしまう理由は、ズバリ、『社会の中で生き抜く為』だ。
そこには育った環境、受けた教育、社会的な慣習、個人のコンプレックスやトラウマなどが深く影響している。
他ならぬ「生きる」ため、に、つまり命を掛けて作り上げてきた仮面やヨロイだ。
だからこの訓練は心理的に結構ハードだったりする。


昨日の研究会、結構ハードだったな。とか思ってちょっと気になったんだけど、大丈夫?
○○ちゃんも△△ちゃんも、いまや自身の「個性」と紙一重な部分、相当コアな、アイデンティティーに抵触するような部分に踏み込んで来ているので結構辛いだろうなと思ってるんだ。
俺自身も○○ちゃんとかに指摘される事は、毎回受け入れるの大変。
頭では「どうしても前に進みたいから、全部受け入れる」って決めてるけど、感情は抵抗する。で、もっと頑固な知性がしゃしゃり出てきて余計混乱するわけ。
昨日△△に言われた「後半頭になって相手を取れていない」ってのも、だいぶショックでどうやって理解していいか落としどころがみつからず苦しんだ。基本的に、他人様から何か教えられたりすると頭のなかで「カチンッ」って音がするタイプの人間だからねえ(笑)
ま、おかげさまで、今晩シャワー浴びてる時に「あ、やっぱ確かにそうだ」って気づいて受け入れられたけど。
そんなわけで、自分の一番深い部分の心理的な癖を他人から指摘され、認め、改善するのはとっても苦しい作業だけど、お互いに、お互いを利用しあって何とか頑張ろうね。もう、間違いなく僕らは結構な修行をさせられてるって事で。
最近つくづく思ってるんだけど、俳優の仕事って、自分自身の意識や感情をコントロールできるようになる事なんだね。そりゃ、相当なことだよなあ。だって、それがコントロールできないから人間なんだもんねえ。

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Appendix

渡部朋彦 ワタナベ トモヒコ

Author:渡部朋彦 ワタナベ トモヒコ

    
職業:役者
東京下北沢で、毎週公演を続ける劇団
東京ノーヴィ・レパートリーシアター』に所属。
上演演目、キャスト、劇場所在地など、
詳細は⇒『ここをクリック』

東京ノーヴイ・レパートリーシアター


2008年 出演情報
【5月】
 2日(金)13時「かもめ」
 3日(土)19時「桜の園」
10日(土)13時「どん底で」
16日(金)13時「ワーニャ伯父さん」
29日(木)13時「どん底で」
30日(金)13時「かもめ」
      19時「桜の園」
31日(土)13時「ワーニャ伯父さん」
【6月】
 1日(日)19時「どん底で」   


EdgeProject ~俳優の真実の演技の研究会~ 主催
PrayerStudio代表



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